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2016.11.23 » 3か月 前

[コラム] SOUL OF BLUE #02 平成の怪物 平山相太


輝きを放った高校時代、しかしその後は

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野球界に高校時代、平成の怪物と呼ばれた松坂大輔という大投手がいれば、サッカー界にも同じ高校時代そう呼ばれていた選手がいる。現在、FC東京に所属する平山相太だ。松坂は後に日本のプロ野球、アメリカのメジャーリーグでも活躍し、野球の世界大会である第一回WBCでは見事優勝、自身は大会MVPという輝かしい実績を残す。しかし平山はW杯出場はおろか、A代表にも数えるほどしか招集されていない。

そんな平山も名門中の名門、長崎県の国見高校時代は日本中の注目を集めていた。190cmという待望の大型FWだったことに加え、足元のコントロールも上手く、同世代との格の違いを見せつけ国見を全国制覇に導いた。五輪代表にも飛び級で招集され、デビュー戦でいきなりゴール。ニューヒーローの鮮烈な登場に日本中が歓喜した。

プロへは行かず、大学進学という道を選んだ

しかし平山は、複数のJリーグクラブからのオファーを断り筑波大学への進学を選んだ。この選択については、引退後の道の確保、学びたいことがあった、最初から海外クラブへ行くつもりだった、親の助言があった、など様々な情報が飛び交った。このときの心境について、後に平山はテレビのインタビューで、サッカーが楽しくなくなった、嫌いになりそうだった、と語っている。交渉の中で金銭面の話も多くあっただろう。いくら怪物と呼ばれていてもまだ高校生。純粋にサッカーを楽しみたいという気持ちがまだ強かったのかもしれない。

結果としてそれは誤った選択だったと捉えているファンも少なくない。大学在学中に出場したアテネオリンピックでは、田中達也、国見高校の先輩である大久保嘉人と3トップを組むもノーゴールと結果を残せなかった。プロで揉まれていないせいか、明らかにプレーの質が落ちていた。チームも1勝2敗でグループリーグ敗退に終わる。

スペイン1部、ヘラクレス・アルメロへ移籍、1年目から活躍するも・・・

その後平山は筑波大学を休学し(後に退学している)、オランダ1部のヘラクレス・アルメロへ移籍する。疑問の声も噴出する中、1年目にして8ゴールと彼は見事に結果を残してみせた。しかし2年目に監督が代わると構想外となり出場機会を失ってしまい退団。帰国後はFC東京に加入するも、期待されたほどの活躍は現在までできていない。A代表に招集された試合で結果が残せたのもアジアカップ最終予選のイエメン戦だけでしかない(途中出場ながらもハットトリック)。消化試合ではあったが岡田武史監督から高い評価を受けた。しかしそれ以降招集された試合ではアピールできず、結局本大会のメンバーに選ばれることはなかった。

怪物と呼ばれた逸材が伸び悩んだ理由

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平山が思うように育たなかった理由は、多くのメディアによって様々に書かれている。そもそもの大学進学を選んでしまった、FC東京のサッカーが合っていなかった、本人のメンタル面の問題、などである。確かにすべてその通りであると思う。当時のFC東京の監督だった城福浩氏が掲げていたムービングフットボールには明らかにマッチしていなかった。彼はポストプレーだけの選手ではないし、岡崎慎司のように運動量豊富に走り回るタイプのFWでもない。精神面もそうだ、平山にはFWとして必要なものが欠落している。いい意味でのエゴ、貪欲さが足りていない。

たらればを言い出せばきりがないが、もし高校卒業と同時にJリーグのクラブに入っていれば全く違う未来があったかもしれない。彼の場合、原因となる要素があまりにも多すぎた。しかしもちろん彼自身にも問題はあったのだろうが、日本サッカー界が有望な選手を育成しきれていないのは何も平山に限ったことではない。日本が世界で強豪国と呼ばれるようになるためには選手を型にはめてしまうことなく、早い段階で長所を見抜き最大限に引き延ばす育成をしていくことが必須となってくる。

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