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2016.12.07 » 7か月 前

[コラム] SOUL OF BLUE #03 日本を世界基準に押し上げた名将 フィリップ・トルシエ


98年フランスW杯惨敗後からの就任

OSAKA - JUNE 14: Portrait of Japan coach Philippe Troussier during the FIFA World Cup Finals 2002 Group H match between Japan and Tunisia played at the Osaka-Nagai Stadium, in Osaka, Japan on June 14, 2002. Japan won the match 2-0. DIGITAL IMAGE. (Photo by Alex Livesey/Getty Images)

今回は監督にスポットを当ててみたいと思う。私の場合、歴代の日本代表監督と聞いて最初に思い浮かべるのは、フィリップ・トルシエ氏である。もちろん他にも名将と呼ぶに相応しい監督はいるが、世界との差を最も近づけたのは彼ではないだろうか。

今では珍しいが、トルシエ氏はA代表だけでなく、23歳以下の五輪代表、20歳以下のユース代表も率いている。1999年ナイジェリアで行われたワールドユース選手権ではポルトガル、メキシコ、ウルグアイといった強豪国を次々と破り準優勝(2016年現在、全世代通して世界主要大会での最高順位)、2000年のシドニーオリンピックではベスト8。そして2001年には自国開催のコンフェデレーションズ杯で準優勝という成績を残した。翌年の日韓W杯はベスト16で惜しくも涙をのんだ。日韓W杯については後述する。

もっとも、彼が率いたのは黄金世代と呼ばれていた、小野伸二、稲本潤一、高原直泰、中田浩二、小笠原満男、本山雅志らいわゆる「79年組」に加え、その一つ上には中村俊輔、中澤佑二、二つ上には中田英寿、柳沢敦、宮本恒靖、松田直樹ら錚々たる顔ぶれの全盛期だったこともある。だが、有能な選手を生かすも殺すも結局は監督によるものが大きく、それは今の日本代表を見ていてもよくわかることだ。それに加えトルシエ氏は名のある選手ばかりを重用してきたわけではない。多くの若手選手を代表に選出しスターダムに押し上げている。若い才能を見出す力もずば抜けて高い監督であった。

フラット3からの進化、変則4バック

トルシエ氏の代名詞として「フラット3」がよく用いられるが、メンバーによっては変則的な4バックにすることもあり、次第にそれが主体となっていく。これは左サイドハーフに入った小野伸二を積極的に攻撃に参加させ、右サイドハーフには守備的な波戸康広や明神智和を配置し、サイドバックの役割に重きを置きバランスを取らせるというものである。従ってフラット3の左に入った中田浩二や服部年宏にはセンターバックでありサイドバックでもある柔軟な役割を要求した。このポジションをレフティーにこだわったのもこのためである。既成概念にとらわれず、時には変則的なフォーメーションを構築する。戦術面でも非常に長けていたといえる。

日韓W杯での”失敗” トルコ戦での大幅なシステム変更

韓国との共同開催で行われた日韓W杯。日本中が世界最大ともいえる祭典に沸き、連日各メディアが大きく取り上げた。貴公子ベッカムフィーバーなどでそれまでサッカーとは縁遠かった人々も一斉に盛り上がった。日本はこの大会でW杯過去最高の成績を残す。グループリーグ初戦のベルギー戦は引き分けたものの、続くロシア戦、チュニジア戦では勝利し、グループリーグ1位で突破した。

決勝トーナメント初戦のトルコ戦。スタメン発表を見た多くの日本サポーターが目を疑った。結果を出した過去3戦とは異なるフォーメーション。3-5-2から3-6-1。1トップには病み上がりだった西澤明訓、1.5列目には森島寛晃ではなく代表ではそのポジションの経験がなかった三都主アレサンドロを置いた。結果が出ていないならまだしも、短期決戦中にメンバーやフォンメーションを大幅に変更することはあまり良しとされていない。トルシエ氏はこの判断について、「トルコを混乱させるためだった」という旨のコメントをしている。

しかし結果としてこの奇策は失敗に終わり0-1と敗戦。不慣れなシステムが上手く機能するはずもなく、日本にチャンスらしいチャンスはわずかしかなかった。スコア以上に差のついてしまった試合だった。グループリーグで消耗した選手を休ませる意図もあったのだろうが、疑問の残る采配ではあった。この後に代表監督となるジーコ氏もこのトルシエ氏の采配には憤慨、「ベスト4には行けたはずだ」ジーコ氏の言葉ではあるが、もっと上に行けたはずだと多くの日本サポーターも悲嘆した。トルコは次戦のセネガル戦も勝ち上がり、3位という好成績で終える。共同開催国の韓国も、ベスト4という快進撃を見せた。

「海外組が20人ほどになれば、日本はめちゃくちゃ強くなる」

トルシエは監督時代、こんな言葉を残している。「今は海外でプレーする選手は中田と中村だけだが、これが10人、20人と増えていけば日本はめちゃくちゃ強くなる」

実際、日韓W杯以降、多くの日本人選手が海外に移籍した。結果を出せずに帰ってきた選手もいれば結果を出し続けビッグクラブへと移籍した選手もいる。現在の日本代表を見てみると、メンバーのほとんどが海外クラブに所属する選手だ。しかしどうだろう。相変わらず強豪国には勝てない上、アジアの中でも断トツの強さを誇っているとはいえない。確かに2002年の頃と比べ格段に強くなっているのは間違いない。しかし強くなったのは日本だけではない。各国とも着実にレベルを上げている。特に成長著しいアジアの中で、格下と思われていた国と日本との差はむしろ縮まってしまったといえる。日本は弱くなってしまったと評しているメディアも見られるが決してそうではなく、ライバル国が急速に力をつけてきているのだ。

外国人監督か、日本人監督か

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トルシエ氏以降はジーコ氏、イビチャ・オシム氏、岡田武史氏、アルベルト・ザッケローニ氏、ハビエル・アギーレ氏、そして現在のヴァヒド・ハリルホジッチ監督が務めてきた。日本人監督は岡田氏だけだが、この中で最も実績を残しているのも彼である。急遽オシム氏の後を継いだにも関わらず、2010年の南アフリカW杯では下馬評を覆しベスト16という成績を残した。守備的になりすぎていたことを批判するメディアもあったが、勝つための堅実なサッカーをしたと言える。

アギーレ氏が八百長問題で解任された際、選手からは岡田氏を次期監督に望む声があった。選手からの信頼も厚く、同じ日本人ということで言葉の壁もない。海外組が増え英語をはじめ外国語に堪能な選手も多くなってきたが、それでもやはり微妙なニュアンスを100%理解するのは難しい。通訳を介しても同じことが言える。そもそも監督の母国語が英語もしくはその選手が得意とする言語でないことも多々ある。

実際、現在のハリルホジッチ監督も言語はフランス語で通訳は必須である。もちろん通訳はサッカー協会が用意したA級ライセンスも持った適任の方ではあるが、特に試合中になると直接伝わるのとワンクッション置くのでは大きく違う。やはり言葉の壁がないというのは大きなメリットである。トルシエ氏の頃はまだ海外組があまりおらず、世界を知る選手が少なかったからこそ外国人監督が重要視されたが、海外組がこれほどまでに増えた今、外国人監督にこだわる意義が果たしてあるのかどうか疑問に思う部分はある。

ハリルホジッチ現監督に望むもの

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基本的に現在の日本代表監督はW杯終了後、4年後のW杯を見据え招聘される。かといって任期満了までの4年間必ず任せられるのかというとそうではない。突如として志半ばで更迭されることもあるのだ。
もちろんその原因は成績不振によるものがほとんどではあるが、不本意にも更迭されてしまった監督もいる。「ドーハの悲劇」後、ハンス・オフト氏から後任を受けたファルカン氏だ。彼は経験を積ませるため若手主体で臨んだアジア杯で満足な成績が残せなかったためにわずか半年ほどで更迭されている。若手を育てた上でベテランと融合させ、さあこれからというときでの更迭だった(実際には契約期間は1年間で、それ以降はオプションであった。ファルカン氏は4年後のW杯を見据えており、1年目は基盤作りに専念していた。そのためアジア杯は結果のみを重視していたわけではなかったのだが、サッカー協会との意思疎通ができておらず更迭という事態になってしまった)。

ハリルホジッチ監督自身も、ロシアW杯最終予選のUAE戦の敗北やイラク戦の辛勝、オーストラリア戦でのドローなどを受け、更迭待望論が高まった時期もあった。特にオーストラリア戦での采配は、リスクを冒してまで勝ちに行く必要がなく先の試合を見据えてのものであったが、消極的な采配と言われてしまい多数の批判を浴びた。つまりは、いつ最後の試合になってもおかしくないのである。更迭されてしまっては元も子もない。この試合が最後に指揮を執る試合になるかもしれない、という危機感を常に持って臨んでもらいたい。

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