サッカーを愛する全てのファンに
2016.11.20 » 1年 前

日本代表にも定着しつつある「エヒメッシ」こと斎藤学のスーパードリブルテクに注目!


「エヒメッシ」こと斎藤学は横浜Fが誇るドリブラー

manabu-saitoh

齋藤学は横浜F・マリノスに所属するMFで、主に左サイドを主戦場とするサイドアタッカーである。スピードとテクニックを兼ね備えたドリブルのテクニックは、海外組を含めた全て日本人選手のなかでも屈指とされており、「和製メッシ」「カモメッシ」「エヒメッシ」などの異名を取っている。2014年にはブラジルワールドカップの日本代表としてメンバー入りを果たしたが、全3試合で出場機会は無かった。

転機は2011年シーズン、愛媛FCで大ブレイク

横浜F・マリノスユース出身の齋藤は、高校3年生だった2008年のシーズン途中にトップチームに登録されるなど、当時からその将来を嘱望されていたが、山瀬功治らを擁した当時の横浜では充分なプレータイムを得ることができず、2011年にJ2の愛媛FCへと期限付き移籍する。愛媛では開幕戦からチームの中心選手として活躍し、湘南ベルマーレ戦で決めた華麗なドリブル突破からのゴールは、当時湘南の指揮官だった反町康治から「愛媛のメッシにやられた」と言わしめるほどのインパクトを残した。この頃から「和製メッシ」「エヒメッシ」などの愛称で注目されるようになり、このシーズンでは36試合に出場し11得点を記録。見事なブレイクを果たし、翌2012シーズンからは横浜に復帰することとなる。

横浜に復帰し、クラブにタイトルをもたらす活躍を見せる

横浜に復帰すると、それまで坂田大輔が長年着け続けていた背番号11を与えられ、開幕戦からスタメン出場を果たす。この試合で早速ゴールを決めた齋藤は、以降の試合でレギュラーとして定着。このシーズンのリーグ戦29試合に出場して6得点をマークし、ロンドン五輪の本大会メンバーにも選出された。翌2013年にも引き続き左サイドハーフのポジションを守り、チームをJ1年間2位という好成績に導く。さらにサンフレッチェ広島と対戦した天皇杯決勝戦ではこの試合の決勝ゴールを奪い、2004年以来となる国内主要タイトルを横浜にもたらした。このシーズンにはA代表デビューも果たしており、代表初スタメンとなったオーストラリア戦では、代名詞であるドリブル突破からのゴールを記録している。

失意のW杯を経て、新たな高みへ向かう

所属クラブではすっかり中心選手へと成長を遂げ、2014年のFIFAワールドカップブラジル大会では日本代表メンバーに選出されたものの、3試合を通じてピッチに立つチャンスは与えられなかった。チームも予選グループ未勝利のまま敗退が決まり、失意のうちに帰国した齋藤だったが、その情熱が冷めることはなかった。2015年にはフランス人の新指揮官エリク・モンバエルツからの信頼も勝ち取り、32試合に出場し7得点を叩き出した。2016年になるとその存在感はさらに増し、2ndステージ第15節終了時点で既にキャリアハイとなる9得点をマークしている。常に相手に恐怖を与えるドリブル突破を見せ続ける齋藤には、横浜サポーターからだけでなく多くのJリーグファンから代表入りを推す声が多く、W杯アジア最終予選でも招集を蹴るようになっている。

時に熱く、愛されるキャラクター

そんな齋藤は、その愛らしい容姿と真っ直ぐな性格からサポーターや選手から愛される存在であり、中村俊輔や中澤佑二といった偉大な先輩からも信頼を受けている様子が見受けられる。試合に敗れると人目もはばからず涙するなど、時折熱い姿を見せることもある。プライベートではプロレス観戦にハマっており、得点後にはプロレス関連のゴールパフォーマンスを行う姿も見られた。2015年からは吉本興業とマネジメント契約を結び、その縁もあってか人気お笑いコンビ「トレンディエンジェル」とのコラボ企画も実現し、2016年の2ndステージ第15節ガンバ大阪戦では、得点後にトレンディエンジェルの持ちネタである「齋藤さんだぞ」ポーズも披露するなど、お茶目な一面も持ち合わせている。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です