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2016.10.14 » 2年 前

天才ストライカー「ロビン・ファン・ペルシー」の全盛期スーパーゴールは圧巻の一言


オランダが誇るストライカーであるロビン・ファン・ペルシー

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ロビン・ファン・ペルシーは、オランダ出身。スュペル・リグ・フェネルバフチェSKに所属するオランダ代表のサッカー選手である。ポジションはFW。

父は彫刻家で、母は美術教師。典型的な芸術一家に生まれながら、ファン・ペルシー自身はスポーツへの情熱を注ぎ続けてきた。

ファン・ペルシーの経歴

2002年にフェイエノールトでトップチームデビュー。現在はFWであるが、フェイエノールト時代は左ウィング、左サイドハーフとしての起用が大半を占めていた。

瞬く間に頭角を現し、同年のUEFAカップでは優勝を経験している。U-19、U-21オランダ代表にも選出された。2004年になると、海外の強豪クラブから多数のオファーを受け、プレミアリーグのアーセナルFCに移籍。2008-09シーズンでは11アシストを記録し、プレミアリーグのアシスト王の座に輝いた。2010-11シーズンは怪我で出遅れたものの、復帰と同時にゴールを量産。リーグ戦ではアウェーで8試合連続ゴールを記録し、最終的にはリーグで18得点をあげている。

翌2011-12シーズンはキャプテンに就任。 大活躍を見せた昨年度を上回るペースでゴールを量産しPFA最優秀選手賞を受賞。最終的にはゴール数を30にまで伸ばし、得点王に輝いた。シーズン終了後にマンチェスター・ユナイテッドFCへ移籍。

マンUへの移籍には大きな非難も

マンUの移籍にあたってはアーセナルファンからは大ブーイング。ともに強豪であるプレミアリーグでのライバルチームに移籍した彼の行動はガナーズファンにとっては許し難かったのであろう。しかしファン・ペルシー自身は同クラブでもゴールを量産し、2年連続でリーグ得点王を獲得。この時期は日本代表の香川真司とチームメイトであった。その得点能力は非常に大きな輝きを放ったが、2014-15シーズンは怪我に苦しみ、以前ほどの輝きを放てなくなってしまった。

そして2015-16シーズンの7月にトルコのフェネルバフチェSKへ完全移籍し、現在も同クラブのプレーヤーである。

彼の凄まじい記録は他のプレーヤーと比較しても一目瞭然。2シーズン連続で異なるクラブでプレミアリーグ得点王に輝いた世界屈指のストライカーである。オランダ代表の通算得点記録の保持者でもある。

ファン・ペルシーのプレースタイル

上述したように、ファン・ペルシーは「点取り屋」として強く認知されており、その高い決定力が大きく認められている。シュートのパターンが豊富で、どんな場面でもゴールを決めることができる。もちろん足元にも強く、パスやトラップ、ドリブルも超一流である。サッカーに必要なすべての要素において、一級品のテクニックを持っている。この完成度の高さがゴールを量産する彼の凄まじい得点力につながっている。

プレミアリーグでアシスト王を獲得するなど、元々は周りを生かすプレーの方が目立っていたが、ゴールを求められる起用の中で、さらにゴールゲッターとしての才能を開花させていったと言える。

彼の”変態的”とも言えるテクニックが一目でわかるプレーといえば、2014のW杯で決めた、ループヘディングシュートであろう。左サイドからのアーリークロスに対し大きくダイブし、ゴールキーパーの頭の上を越すヘディングシュートを決めて見せた。あえて上向きにボールを押し込んだことは映像からも明らかで、非常に難しいボールに対し、一瞬の判断ゴールに結び付ける得点感覚はさすがの一言だ。

一瞬の抜け出しからのスーパーゴール


ファン・ペルシーは見るものを虜にするスーパーゴールを度々見せるが、その中でも特にボレーシュートを決めることが多い。DFとの駆け引きでボールを受け、守備が追いつく前にそのまま叩き込むボールコントロール・シュート力は世界トップレベルであると言える。ここしかないというタイミングで決めきる力はさすがだ。

ファン・ペルシーのプライベート

もともとストリートサッカーの中でプレーを磨き、夜遊びなど問題行動も多かったファン・ペルシーだが、アーセナルではキャプテンを務めるなど徐々にサッカー選手としての自覚を強く持った行動をとるようになっていった。

妻のボウハーさんとの間には子供も授かっており、一緒にサッカーに興じる動画も公開されている。相手守備陣に恐れられるスーパーストライカーも、子供の前ではやはり優しいパパになるようだ。

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