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2016.10.21 » 1年 前

“ミスター・ラグビー”平尾誠二氏の訃報に日本サッカー協会も悲しみに暮れる…


田嶋会長、「スポーツ界の大きな星を失った…」

卓越したプレーと端正な顔立ちからラグビー界を超えた人物となり、“ミスター・ラグビー”と呼ばれた元ラグビー日本代表主将、監督を務めた平尾誠二氏の訃報を受け、日本サッカー協会も悲しみに暮れた。日本サッカー協会田嶋幸三会長は、「ラグビー界のみならずスポーツ界の大きな星を失ってしまったという思い。友人としても、いつも貴重な意見を頂きました」とコメント。2008年〜2010年まで理事を務めてもらうなど関係が深かっただけに、悲しみの色を隠せなかった。

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“ミスター・ラグビー”と呼ばれた男

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平尾誠二氏は日本の元ラグビー選手。日本代表主将、日本代表監督、神戸製鋼コベルコスティーラーズ総監督兼任ゼネラルマネージャーなどを歴任。京都府出身で、伏見工業高校では1981年全国高校選手権大会(花園)で初優勝(TVドラマ「スクール☆ウォーズ」のモデル)。1982年には史上最年少(19歳4ヶ月)で日本代表に選出され、進学した同志社大学では史上初の大学選手権3連覇に貢献。ラグビー留学の後、1986年神戸製鋼に入社後も日本選手権で7連覇を達成するなど、まさに“ミスター・ラグビー”と呼ばれるに相応しい活躍を見せた。
1998年に現役を引退後すると、神戸製鋼コベルコスティーラーズ総監督兼任ゼネラルマネージャーに就任。2000年、スポーツと地域社会の振興を図るため、NPO「SCIX(スポーツ・コミュニティ・アンド・インテリジェンス機構)」を旗揚げ。2008年、日本サッカー協会理事に就任(1期のみで退任)。2011年には文部科学省の中央教育審議会委員に就任するなど、非凡な才能を発揮した。

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